山口県光市光井(八海)  八海妙見神社(妙見社)の紹介 2009-2-7  









山口県光市光井(八海)
 八海妙見神社(妙見社)の紹介
2009-2-7


 
八 海 妙見神社(妙見社)

「注進案」に推古天皇の代明光ノ里八海にと北辰妙見が天下し当村を守
護せんとの告あり云々。
以来、当所の氏神と奉崇すと記されている古い社である。
鳥居,灯籠には寛政10年とあり安政3年(1856)と書付のある木製の
花火筒が3個残っている。
土地の人の話によると、この里に今まで火事が一度もないのは御加護
のおかげといい、近年部落の守護神として社も再建された。
祭祀は例年11月、毎月1日・15日にはお参りもあり輪番でお世話している。

[光地方史研究第3号 光市内にある諸小社の探訪と考察 増本忠一より]


 
防長風土記注進案

八海妙見社
社人 海田蓬江
但紳殿桁行貮間、梁行貮間、藁葺之事
拝殿貮間四方瓦葺之事
祭神 北星妙見
社傅二曰、當社御鎮座の由來を尋奉るに、人皇三十四
代推古天皇之御宇、明光ノ里八海と申所農夫一人に託
して、吾は是北辰妙見也、今此地に天降りて當村を守
護せんとの夢中の告ありて奇異の思ひをなし、日を経
て九月十日の夜戌亥の方成C山之古木に大星顯れ玉ふ
則其木をもつて御神體とし、山之中央に嗣を立、北辰
妙見祉と齋り當所の氏神と奉崇と云云




 
八海妙見神社スナップ写真




 石段の片側が沈み込み傾いている    

           
























八海妙見神社


八海妙見神社

                 


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山口県光市光井(八海) 八海妙見神社の場所




 
妙見社について

神話に殆ど記述がなく、生活に直接かかわる神ではないため、長らく信仰の対象とはされてこなかった。
中世以降になって、寺院や陰陽道などで祭られるようになった。
現在、この神を祭る神社には、妙見社系と水天宮系の二系統がある。
妙見社系の端緒は、道教における天の中央の至高神(天皇大帝)信仰にある。北極星・北斗七星信仰、 さらに仏教の妙見信仰(妙見菩薩・妙見さん)と習合され、平田篤胤が北斗七星の神とする教学を確立した。
さらに、明治初期に大教院の祭神とされ、いくつかの神社が祭神を天之御中主神に改めた。
全国の妙見社の小祠は数知れない。

[ウイキペジアフリー百科事典より]

 



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