歴史 由来
橿原神社は社伝によると奈良時代の和銅三年(710年)紀州牟妻群(和歌山県)
にある神社から神霊を分かち勧請したとある。
その神社の名前は明らかでないが、紀州の熊野権現に関係があり、その蔡神の
若一王子を祭っている神社であろう。
そこでこの若一王子を祭ることによって、社名を王子権現として鎮座の地を王
子と呼ぶようになったのである。
昭和56年(1982)式年蔡を斎時行し、社殿の大修理を行った。
神社の祭神
そして、いつの頃か蔡神が神日本磐余彦天皇(かんやまといわれひこのすめら
みこと)(神武天皇)に替わり島田の十二社大権現(現熊野神社)の末社となり、
明治4年(1871年)に橿原神社に改称された。
主要祭典
田頭祭(4月11日) 秋季例祭(10月11日)
鬼彦兵衛の足跡
鳥居の右側台石には長さ40cmと30cmの凹みが2個ある。子の凹みは鬼彦兵衛
神霊を持ち帰り十二社大権現を建立した後の彦兵衛の愛称)の足跡だと語
り継がれている。
建 物
社 殿
本殿-------流造 幣殿----平屋造 拝殿-----入母屋造
境内建造物
境 内 地 52坪
鳥 居 石造 元文4年(1739年)
灯籠一対 石造 延亨2年(1745年)
狛犬一対 石造 慶応2年 (1868年)
参考資料