山口県周南市小松原2867 貞昌寺および周辺 の紹介 2003-9-19  ・・
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山口県周南市小松原2867
貞昌寺および周辺 の紹介
2003-9-19

貞昌寺および周辺 の紹介
毛利元就ゆかりの地である毛利家家臣宍戸家の墓地、
菩提寺である貞昌寺を尋ねた。
かつての三丘領主宍戸家の菩提寺、ここに貞昌寺松の庭園は
周南市熊毛地区八景の一つに数えられている。
山門を入ると先真横に長く20数m枝を張った見事な松の老木が
あったそうであるが、今は枯れたらしく無かった。


毛利元就 歯廟 仙竜寺墓所(旧仙竜寺跡付近)毛利元政宝筺印塔・
宍戸元続婦人の墓はここより近い。


毛利元就歯廟(町指定史跡)慶長5年関が原の戦い後、防長2州を
領した元政は常日頃離さず持っていた、父元就の歯をこの地に納め、
33回忌の供養をし菩提を弔った。
右:毛利元就公 左:毛利元就公継室乃美の方


仙竜寺墓所(旧仙竜寺跡付近)寛永2年(1625)宍戸家が三丘領主になって
以来の墓所で、毛利一門筆頭として当時の面影がしのばれる。
木立の中で分かり難い場所である。
宍戸家の墓16代から19代までの墓がある。                              

           


毛利元政宝筺印塔・毛利元続婦人の墓 宝筺印塔(ほうきょういんとう)は、
経文を納め祈願の意味で立てた塔で、浄土真宗を除く各宗派で建てられてい
る仏塔である。
左が1909年に萩で没した毛利元政を祭る宝筺印塔で
右が1618年三丘で没した毛利元続婦人の墓である。
毛利元続婦人は織田信長の娘と言われている。


提昌寺入口           山門 


山門から本堂を望む


 本堂 中国のお寺の雰囲気がする

                 


鐘   楼


松の老木名残?山門を入ると真横に長く
20数メートル枝を張った見事な老木があ
ったとのことである。(熊毛地区ホームページ)



 宍戸家墓地 5代から10代と記載されている。


宍戸家墓地                  


           墓地から本堂を望む


 本堂          素晴らしい石組みの石垣        



 山口県周南市小松原 貞昌寺の場所


感想
 小田信長の娘の墓に驚いた。
身近に歴史があり驚いた。




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